実は植民地だった?王国の支配を受けた石垣島

沖縄は「一つ」ではない!

沖縄はたくさんの島々から成り立っています。
これらの島々は、いまは沖縄県ですが、島ごとに歴史があり、ことばも文化も大きな違いがあります。
これらの島々は、言語や文化から、沖縄(那覇市がある沖縄本島など)・八重山(石垣島や竹富島など)・宮古(宮古島など)の大きく3つに分けることができます。
例えば、「いらっしゃいませ」は沖縄(那覇)ではメンソーレーですが、八重山(石垣)ではオーリトーリです。このように、方言がまったく違うのでお互いに通じません。
また、沖縄といえばカチャーシーがおなじみですが、沖縄では豊年音頭や唐船ドーイといったテンポの速い曲で踊りますが、八重山では六調節という、少しゆったりしたテンポの曲が使われます。
このようなことから、沖縄といっても「一つ」ではないことがわかりますね。

石垣島が植民地になってしまったきっかけとは?

しかし、沖縄と石垣島(八重山諸島)はこんなに違うのに、どうしていまは沖縄県になっているのでしょうか。
14世紀ごろまで、沖縄の島々には力を持った豪族がいて、それぞれの島(地域)を支配していました。
14世紀ごろになると、尚巴志が沖縄本島を統一して、琉球王国をつくりました。琉球王国は周りの島々を攻撃して次々に併合し、16世紀ごろには喜界島(いまの鹿児島県)から与那国島までの広い地域を支配しました。
石垣島は琉球王国ができてから、国王にしばらく貢ぎ物を送って自治を認めてもらっていました。しかし、豪族・オヤケアカハチが貢ぎ物を断ったため、1500年に琉球王国は石垣島を攻撃したといわれています。その結果、オヤケアカハチは負け、石垣島は琉球王国の植民地になってしまったのです。
植民地になってしまった石垣島には人頭税が課され、明治になって琉球王国がなくなるまで重い税に苦しめられることになりました。